”食の豊かさ、貧しさ”

1月24日NHK総合テレビで放送された、”世紀を超えて、一頭 の牛が食卓を変えた”をご覧になられましたか?ご覧になられた方 、見終わってのお気持ちは如何でしたか?番組では、肉食が増える ことが”食の豊かさの表れ”であると述べられていました。私は本 当に食の豊かさがは肉食が増える事なのかなあと、単純な疑問と肉 食増加が将来的な食料不足につながってゆくのかと思うと複雑な気 持ちになりました。 一頭の牛とは肉が柔らかくステーキなんかに向いているアンガス牛 だそうです。この牛が現在の食用牛の主流だそうです。でもこの牛 の肉を1キログラム増やすのにトウモロコシが8キロ必要なンです って。まさにこの牛が穀物を大量に消費しているんです。現在地球 上では約8億の人たちが飢えに苦しんでいるそうです。もし10% のアンガス牛に与えるトウモロコシがあれば現在の地球上の飢餓を 救えるそうです。これは私達が食している肉の5%減少に相当する だけだそうです。 人間が食べていたトウモロコシを家畜が食べて飼育され、その肉を 人間が食するという、食料供給効率としては好ましく無い食材が豊 かさの象徴とは、なんとも皮肉な事とは思いませんか?特に日本の 場合は国内自給率が悪く、アメリカの穀物輸入に屈した国のひとつ です。アメリカからの輸出をストップされるとたちまち食料の供給 に窮する国です。お隣の中国は4年前の穀物不足を教訓に食料の自 給を国策にして取り組み、現在約95%の自給率までに至っている そうです。それには牛肉に比べて約半分の穀物しか必要としない豚 肉の促進とかを必死に進めているそうです。それに比べ我国は、ど うするんでしょうか? 戦後の食料不足が信じられないような、飽食とも言われる現代です。 夜の繁華街や食堂街の裏道を歩いて見て下さい、残飯の多い事。昔 はこの残飯で豚を飼育出来たそうですが、今は残飯の中の爪楊枝や 串などの餌にならない危険なモノを仕分ける手間ひまでそろばん勘 定が合わずただのゴミとして廃棄されるだけです。そのゴミすら今 は大都市では行き場所を思案しなければならない現状です。何か、 何処かがおかしくなっているとは思いませんか? 食材は食べるモノです、捨てるモノではありません。折角手間暇か けて作った食事が残されて、捨てられる。何が豊かになったと言え るのでしょうか?食材の質と量は確かに向上しています。でも日本 の場合はこれとて海外からの輸入に依存しているんですよ。食者の 心が貧しくなっているような気がしませんか?”腹八文目”という 言葉がありますが、今は不足しているモノが無く”腹十二分”を通 り越しています。まさに”過ぎたるは及ばざるがごとし”です。 私自信は自分で料理をするようになって以前にもまして、料理した モノを残す事に消極的になりました。お陰でいつも残り物の始末 (前夜の残り物を翌日に食べる)は、私のお役目の様になり、最近 特に体重が増して来てお腹の周りが窮屈です。我が家の豚になって しまいました。食べた分運動をすれば良いんでしょうが、そこがぐ うたら者の悲しさで、運動をせず全部皮下脂肪になっています。そ んな残り物を食べててもちっとも気になりません。それは私が心を 込めて作ったモノだからです。 肉(食材)そのものが豊かであるのでは無く、それは食する人の気 持ちがどうかでしょう。食物と食者の全体の関係の問題ではないで ょうか?いくらどんなに美味しい肉を食べても大半を残してゴミに してしまうのを、”豊かな食”と言って良いんでしょうか?それは、 貧しさの極みではないでしょうか?豊食を通り越し飽食になってい るとは思いませんか。 ”肉を食べる事が豊かさの象徴”ではなく、どんなに少なくても、 どんな食材でも”料理されたモノを美味しく残さず、全部頂く”、 この心こそが、私は "食の豊かさ”に通じるのだと思いますが、皆 さんのお考えはどうでしょうか?ご意見をお聞かせ下さい。                           (By Harry)

●料理長ひと味
食べずに捨てた食品で最も多いのが加工食品、次いで野菜と調理品。 という食品科学研究所の調査した結果があります。加工食品とは牛 乳、乳製品。豆腐と豆製品。つぎにハム等の肉加工品、佃煮、漬物。 野菜はきゅうり、大根、レタスが多い。捨てた理由は「冷蔵庫に入 れて忘れていた」が圧倒的に多いのです。冷蔵庫が大型化して便利 になった反面、このような食べ物が捨てられている原因の一つにな っているとは何とも皮肉なことです。冷蔵庫の中の食品を常にチェ ックするなどして無駄なく使いこなすようにしたいものです。 誰もが多かれ少なかれ、食べ物を捨てる事を「もったいない」と感 じるでしょう。特に年代が高い人ほど、強い印象があります。とこ ろが年代が高くなるほど捨てる食品の量や、回数が増えるとい う結果が出ているのです。子供たちが巣立ち、家族数が減り、次第 に食事量が減っているのにうっかり買いすぎたり、食べなかったり するのでしょうか。 それと注目したいのが捨てた食品の中でもらい物の占める割合。な んと捨てた食品の31%にも及びます。中元、歳暮、お土産、お返 しなどさまざまな贈答の習慣がある日本ですが贈った相手の好意と は裏腹にもらい物を持て余している人々が多い現状です。 食品の生産、加工、輸送、貯蔵、販売、調理には莫大なエネルギー がかかり、又その廃棄処分に至っての手間は膨大なものです。 そして、ごみの焼却、埋め立てが引き起こす環境の汚染・・・飽食 日本の現状です。 この無駄は国民1人当たりの供給熱量が 2651.2Kcal なのに対し食 料摂取熱量は 2023Kcal 。(農林水産省「食料需給表」より、厚生省 「国民栄養の現状」より)つまり、供給量の二割以上を捨てているわ けです。 大半を輸入に頼っている日本の食料、それを捨ててしまいおまけに 環境悪化させて「困った」を連発している我々。捨てるものを少な くする為には食事は必要量だけ作り、残り物を出さない、残った食 品を上手く使い回して献立をたてる。などの工夫をしてみなくては ね。そしてごみ収集所に生ごみを出すとき「ステキな人はごみ袋が 小さい」が合言葉になりますよう。      (By Mimura)

 
●”料理にも衣装”

いつもジーンズかスラックスしかはいていないあの娘が、ある日超ミ ニスカートをはいて来たのを見て、胸が”ドキッ”、下半身が”ビク ッ”とさざ波を感じた事のある男性は多いと思います。また知人の結 婚式に呼ばれた時に知り合いの女性が妙に着飾っているのをみて、” おーっ”と驚きの感じを持たれた方も少なく無いと思います。女性が 男性を見ても、同じような事は有ると思います。まさに”孫にも衣装 です”よね。でも今回のお題は”料理にも衣装”です。 皆さんはお料理を為さる時にどんな衣装で料理をなさいますか?私は 特に着替えるという事では有りませんが、絶対に前掛け(エプロン) だけは付けます。エプロンも付けずにお料理をなさる方もいらっしゃ るでしょうが、私はこれで失敗を1度致しました。買ってきて始めて 着たジャージーに油のシミを付けてしまったのです。油だけにペンキ がたれたようなもので取れません。始めて着たモノですよ、泣くに泣 けないスよ。それ以来どんなに短い台所仕事でも、エプロンだけは欠 かさないようにしています。 考えてみれば台所の仕事って結構汚れ仕事が多いですね。血が飛ぶ、 火が飛ぶ、油が飛ぶ、土が飛ぶ、水が飛ぶ、まさに戦場さながらです 。そんなところに防具(エプロン)無しは、丸裸で戦争をしているよ うな者です。戦う(料理をする)意志がないのも同然でしょう。台所 は真剣に食材と刃を交える戦場です。其の真剣さが衣装にも現れると 言うもんでしょう。エプロンもせずに作られたモノは、何かついでに チョコット作ったという感じは免れ無いですね。 調理をされたものの盛り付けもある意味では”料理にも衣装”(これ についてはまた回を改めお題にいたしますが)、作った方の衣装で料 理されたモノの味加減も違ってくるんでは無いでしょうか。レストラ ンに行ってコックさんがもし普段着で料理をされているのを見たら、 どんなにお感じになられますか?それでも味が良いからと、味だけを 評価出来るでしょうか?私にはそんな自信は有りません。やはり相応 しい衣装と言うのがあり、相応しく無い場合は、出されるものに対し ても評価が下がって当然でしょう。 料理新参者の私としては、味付けに自信が無い分、衣装で気合いを感 じさせ評価点を成るべく上げたいという見え透いた魂胆も有り、絶対 にエプロンだけは欠かせないのです。できればあのコックさんが着る 白い衣装と帽子そして首に巻いたネクタイ見たいな白い布巾、そして キリリと巻き付けたようなエプロンをやってみたいです。その格好で 家の台所に立てば家庭料理もレストランの味に大変身するのではない かと、考えているのですが、アジなやつでなく、甘いですかねえ。 最近はソムリエ風に黒いのもカッコ良いみたいですが、清潔感と言う 点ではやはり白星は白色です。白い衣装と言うのはその清潔感を保つ のが大変ですね。時々居酒屋さんなんかで白いエプロンをしているの は良いのですが、汚れていてかえって逆効果のようなモノを見かける 場合もありますね。昔はお母さんの前掛けは白色と決まっていたよう で、あのアイロンとノリが効いたお母さんの割烹着姿は団塊の世代の 方の幼き頃の母の思い出の姿の一つではないでしょうか? 今は台所仕事もでき、そのまま外出しても結構さまになるエプロンド レスというファッショナブルなモノが流行っているようですが、男性 用はないですねえ。私の愛用のエプロンは娘が父の日に贈ってくれた エプロンです。次はあのコックの帽子のプレゼントを期待したいです 。そしてあの帽子に栄誉のキスマークを一つでも多く付けられるよう になりたいものです。失礼いたしました。      (By Harry)

●料理長ひと味
エプロンの話を読んで”お料理を作り始める前に用意すること”につ いて書いてみましょう。先ず、心の用意です。が、そんな構えること ではないですよ。料理作りをする前にイライラしたり、腹を立てたり しているとそのまま盛りつけや味に出てしまいますよ。穏やかで優し い心で・・・なんですが毎日のこと、そんな訳には参りません。気持 ちを鎮めるためにも以前提案のあった”music”がいいのではな いかしら。お好きな曲を聴いてみてください。演歌でもクラッシック でもジャズでも。だんご三兄弟なんていいかもね。 次ぎに身の回りの用意です。女性ならば髪を小さくまとめること。(長 髪の男性もいますが)ロングヘアーが流行った頃、料理教室では髪をゴ ムでまとめてお料理するようにしてもらっていました。今ではショー トヘアーの流行でその心配は少なくなりましたが。 その次ぎは手を洗うことですね。台所用洗剤で手を洗う方がいらっし ゃいますが石鹸を使った方が手も荒れません。また環境を考えれば手 ばかりではなく食器などの汚れも合成洗剤より石鹸のほうが良いでし ょうね。 そしてエプロンをしていよいよお料理作りに入ります。以前、始めて 料理教室にいらっしゃった若い男性が新品の職人用の白衣を着込んで お料理を作り始め、私や周囲の方々に彼の意気込みを大いに感じさせ てくれました。3年ほど教室に通ってくださり、その白衣も前の方が 黄ばんできておりましたがいつも清潔に洗濯してあり、アイロンもか かっていたのを思いだします。        (By Mimura)

 
●”水気は味の大敵”

水も滴るいい”女”とか”男”とか申しますが、あれってどういう 意味なんでしょうかね?水が滴るくらい肌なんかが色合い、艶など 精気に溢れているということでしょうか?でも最近巷で騒がれてい る”あの子”なんていうんでした?あの真っ白の顔をした女性、あ の子ですよ、あの子。えっ、あの子でなくてその子!?”鈴木その 子”って言うんですか。あの方は水も滴らない位に白壁を塗ってお られますね。従って”水が滴らない、いい女”なんですかねえ? んで、今日のお題は、”水気は味の大敵”なんです。外国では、家 業の妻との分業が進んでおり、男性が台所に立つのも当たり前です 。私のアメリカ人の友人ビルも例外では有りません。先般訪米した 折に、彼の家庭でよばれたのは、彼の手作りの料理でした。ダイニ ングからキッチンが丸見えですので、彼のやっている一部始終を見 ていました。すると彼がレタスの葉っぱを一枚一枚丁寧にペーパー タオルで拭いているんです。何のためにそんな事をやっているのか なあと、思っていましたら、サラダになって出てきました。 いくらサラダの野菜は新鮮なのが良いと言っても食べたら水でビシ ョビチョでは、いくらサラダでもサラーないダすよねえ。鳥や動物 はそれで良いかもしれませんが、人間の場合はちょっと?ですね。 水気たっぷりだと、レタスそのものの味も、ドレッシングの味も薄 まって味気ないでしょうね。それで彼はレタスの葉っぱをペーパー タオルに挟み水気をとっていたのですね。 料理をし始め頃は、私はこんな基本的な事も気付かづ、随分と水っ ぽい味付けに、”おかしいなあ”と首をひねっていました。でも、 ビルのレタスに教えられ、それからというもの、食材を洗うタイミ ングと洗った後の振って水気をきること、まな板や包丁の水滴をふ くことなど、かなり水に気を使いやるようになりましたので、今で はまあまあ自分なりに思ったのに近い味が出せるようになりました 。 ところで皆さんは、水気を拭き取る時に何をお使いですか。私はア メリカでの生活が長かったので、どうしてもペーパータオルになっ てしまうんです。本当は布巾にしたいのですが、今一つ転換が出来 ません。地球環境的には、使い捨てるペーパータオルより、何度も 利用できる布巾の方が良いに決まっています。でもアメリカかぶれ がまだ治らず、ペーパータオルを使い続けています。すみません。 っで、最近気付いたのは、さらしの日本手ぬぐいが何処で手に入る のかと言う疑問です。いくら布巾を使ってと言っても、食材をあの 糸をループに毛羽立たせた、タオルでは拭けないでしょう。日本手 ぬぐいを探しに行ったのですが、これがなかなか見つけにくいの ですよ。まあ、その気になって布地を売っているお店に行って晒し の布を買えば良いんでしょうが、料理で使う分って知れてますよね え。越中ふんどし(Japanese brief)やおむつに使うのではなし、 そんなには必要ないでしょう。 話の上と下が逆転しますが、そう言えば赤ちゃん用のおむつ、最近 はぜーんぶ、紙なんですってねえ。そして使い捨てなんですって。 まろが幼少のみぎりは、着古した浴衣の端切れを使っておむつを作 ったと聞きましたが。時代が変われば変わるもんなんですねえ。す るとその頃は、ひょっとすると、台所の布巾も浴衣のなれの果てで 作られていたんでしょうか?うら若き妹達の胸部の切れ端ならとも かく、おじいちゃんやおばあちゃんが着ていた浴衣の一部なんての が、使われていたとすると、何十年もの昔の”オエー”が、蘇りそ うです。そんなことは、無いっスよね。 話が落ちましたので、今回はここいらで、失礼いたします。お台所 に何枚位の布巾を用意したらいいか、なあーんて事は料理長のホー ムページ( http://www.meibutsu.co.jp/cook )にいろいろと為に なる記事が載っていますので、一度お立ち寄り下さい。 ありがとうございました。           ( By Harry )

●料理長ひと味
テレビの料理番組で板前さんが一つの作業を終えるごとに布巾でま な板を拭き拭き、お料理を作っているのを見たことがあると思いま す。料理教室での生徒さんに何度注意しても水でベチョベチョにな ったまな板の上で切っているんですよ。面倒なんでしょうかねぇ。 ちょっと拭けばずっと切りやすくなるのに。 その点 Harryさんは 合格ね。 キッチンペーパーでレタスの水けを取るんですか。沢山のペーパー が要るでしょうに。是非、昔日本の“勿体無い精神”を復活させて くださいな。レタスを布巾で包み、流しで振ると水けが楽に取れま すよ。「解っているんだけどー」と言う声が聞こえてきそう。 日本手拭、見なくなりましたねぇ。昔は商店とか景品とかでよく貰 い、どこの家にもありました。それと夏が近づくとうちわも幾つか 貰ったものです。昔の台所 (キッチンと言うより台所、お勝手と言 った方が似合う) にはその手拭とうちわが必需品でしたものね。今 月の統一地方選挙では候補者運動員が日の丸に必勝の文字の入った 日本手拭のハチ巻で活躍です。本来の拭うための布ではなく勝つ為 の道具?かな。気合いを感じます。 さらしの布巾は拭うばかりではなく蒸し器を使う時水滴が落ちない ようにフタに挟んで使ったり、こす為の道具になったり、材料を水 でさらす為に使ったりと使用頻度が高いものです。私は晒しの布を 一反買って暇な時、沢山の布巾を(少し大きめに)作っておきます。 2〜3年分は出来ますよ。越中ふんどしだったら何枚作れるかな?                        (By Mimura)

 
●”サンマ砂糖焼きは、ぅぁまかった”
”闇夜のからす”、からすは何処?”雪の上の白ウサギ”、ウサギ は何処?なかなか区別がつかないですよね。これと同じ現象が台所 にも有りますよねえ。醤油とソース、でもこれは匂いと粘度で判り ますか。塩と砂糖は如何でしょうか?今回の私の失敗は、多分どな たもご経験のある?(影の声:”そんなの誰もしない、するのはあ んただけじゃ。”)”塩”と”砂糖”の大間違いです。 サンマの塩焼きを、砂糖でやってしまいました。こんな間違いをし ないようにと、我が家の台所では、日頃から塩は右側、砂糖は左側 と置き場所を区別しているんです。ところが在る日見かけない袋に 入った塩?を発見したのです。ちょうど容器に入った塩が少なくな っていた時でしたので、私は中味を確かめずにこれをサンマの上に 振り掛け、サンマを焼いたのです。 ところが、これが結構ぅぁまかったんですよ。負け惜しみでは有り ません、いけるんですよ、試して下さい。何となく身が柔らかくて 、今風に言うとマッタリトした美味しさです。娘も私も”今日のサ ンマの塩焼きはいつもと違うぅぁまさだなあ”と、言いながら、” おいしい、おいしいと食べてしまいました。気付いたのは、その後 で食べたワイフでした。それでも、何口か食べた後でやっと気付い たのです。 夫:”今日のサンマの塩焼き、いつもと違ってうめーど。” 妻:”・・・、モグモグ、ン美味しい!?”   ”お父さん、この塩焼き?何を掛けたん?” 夫:”テーブルの上にある塩じゃん。” 妻:”あれ、塩じゃのーて、砂糖よ。道理であまいサンマやと思っ    たわ。” 夫:”そんなん、知らんわ、塩が少ないから、塩と思うじゃん。” んてな、事のやり取りでしたが、それでもワイフはきっちりと、全 部食べたのです。んだんだ言っとるが、結局はおいしかったんじゃ あ。と、私は全然反省をしておりません。それどころか、数日後に テレビで塩焼きをする時には、塩1に対して1/4位の砂糖を振り かけると塩焼きが美味しくなるというのを、お料理の番組で見たの です。そーれ見ろやっぱり、サンマの砂糖焼きはうめえんじゃ、と 自信を深めたのです。 見かけは同じでも全然中味が正反対のもの、塩と砂糖に限らず私達 の身の回りには多くあります。人間もそうでしょうね。見かけが同 じと言うだけで判断をして、大きな過ちを知らず知らずのうちに犯 しているのではないでしょうか?塩と砂糖は、舐めてみればすぐに わかるものですが、人間はどうでしょうか?これは大変ですよね。 問いかけ、話し掛け、つき合って、始めてわかる、その人の長所そ して短所。短所が、”あばたもエクボ”の事であれば、いいですが 、そうで無いと最悪。外面が良くてつき合い始めた人にがっかりさ せられたり、その逆があったり、まさに人間関係とは面白いモノで す。その典型が、夫婦関係ではないでしょうか。 んじゃあまあ、今夜は奥様の肢体に砂糖を振り掛けて、躰じゅうを 舐めまわしてみて下さい。今まで判らなかった夫婦関係の新たな発 見がある事を絶対保証いたします。ただし、その発見が凶と出るか 、吉と出るかは保証の限りではありませんが、試してみる価値はあ りますよ!!!  ”夫婦とは、舐めて、始めて解るもの?!” 失礼致しました。                                                                       ( By Harry )
 
●”暗譜できないギタリスト”
今年に入り、紅顔の美少年時代を思い出しギターの練習に励んでいま す。アコースティックギターっちゅやつです。テケテケテケのエレキ ではありません。ボロンボロンの方です。もともとクラシックギター で始めましたので、楽譜に忠実に弾く癖がついています。楽譜を見な がら弾くんです。この癖が料理にも付いて回っているんですよ。 ”ママの右手は、魔法の手…”という歌がありますね。子供が見ると 、台所でいろんなモノを手際よく調理をし、おいしい食べ物を見事に 作っていく姿。まさしく、魔法の手ですね。調理経験3年生の私にと っても、凄いなあと思うのは、レシピの暗記能力です。あれは、どん なにして覚えられるんでしょうか。手が覚えるのか、舌が覚えるのか 、はたまた頭が覚えるのか、私にとっては大きな疑問です。 私はと言えば、レシピが無ければ何も作れません。材料の分量から、 煮炊きの時間迄レシピに忠実にやっています。まあ、ときどきは適当 にやっている部分もありますが。でも、全くレシピが無いとなるとお いしいモノを作る自信がありません。世の中のお料理上手の皆様はど んな風にしてレシピを暗記なさっているんでしょうか?やはり回数を こなして覚えていくんでしょうかねえ。 それにしても考慮すべき情報が多すぎますよ、食材の種類、時期、値 段、健康と栄養、家族の嗜好、などなど。そんな事を考えてメニュー を決め調理する。それを何の参考書も無くやられるんですから、”驚 き桃ノ木サンショの木”ですよ。そんなこと、私にはでーきませーん 。絶対私には無理です。味のハーモニーでしょう、調理する人は指揮 者でしょう。指揮者はちゃんと楽譜を見てやっているじゃあないです か。 ですから私は、どんな場合も何かの料理の味付けとか、材料を参考に して料理をしているんです。これが正しい料理指揮者の姿勢ではない でしょうか。違いますか?(へりくつをこねて自分を慰める)それで も、出来上がりが期待を裏切って、水っぽかったり、しょっぱかった り、するんですから、参考書なしでは、とてもとても。みなさんレシ ピ見ずによくやりますよ。 何回も同じメニューをこなすプロの調理人は別として家庭ではそんな に同じ料理をやってたもんには、食べ飽きちゃって困っちゃうでしょ う。それを家族に飽きもさせず、おいしいという感激を与え、毎日毎 日繰り返すんでしょう。いったいどう云う頭の構造をなさっているん でしょう。それこそ、脳みそを味見してみたいですわ。こちとら、ノ ーみそですから。 音楽と同じで天性のモノがあるんでしょうか?ギターの練習も本当に 指先がかちかちに痛くなる程練習を積み重ねると、私でもまあ何とな く楽譜無しで弾けるようにはなるんですが。正確な音を出すにはそれ でも難点がありますが。でもプロは違いますもんね。ご家庭でレシピ もなしにおいしいお料理ができる方は、プロなんですね。それから言 うとしょせん私はアマチュアですか。ギターと同じで、暗譜が出来な い、レシピが覚えられない、”ないないない、何もない”です。 ご家庭でお料理を為さるのは、大多数のお宅では奥様でしょう。昨今 、女性の社会進出というのが、偉くクローズアップされ専業主婦がな にか三食昼寝付きの気楽な稼業の様に喧伝される向きもないとは言え ません。でも料理一つをとっても大変な事だと思いませんか。家族を 愛すると言う崇高な気持ちがおいしいレシピをどんどん頭にインプッ トさせているのかもしれませんね。まさしく、プロですよ。 ”料理は女性だけがするもの、女性は料理が出来て当たり前”、なん て、私はけして思いませんが、周りの女性から”私は食べるのは好き だけど、料理のするのは嫌い。”と,堂々と自慢げに言うのを聞くと 何か寂しい気持ちになるんですが、みなさんはどう思われます。                        (By Harry)