ふと通りかかった道端に落ちていた何の変哲も無い螺子。
何でこんなところに落ちているのだろう?
抜けるような青空に一筋のジェット雲、綺麗だなぁ!
小さな疑問、感動を忘れたくないって気持ちになりませんか。
そんな?!を書き留めてみたのです。

10 スマトラ沖でまた地震発生の話をアメリカ人と一緒に話をしていたら、フィリピンでも地震が発生したというのです。よくよく調べてみるとそれがスマトラ沖の地震だったのです。アメリカ人にすればスマトラ沖もフィリピンも同じような地域との認識なのでしょうね。どちらもアジアの何処かにはまちがいないでしょうが?

2005.03.29
9 天気が悪いと古傷が痛むという人、いらっしゃいますよね。低気圧が近づいてくると呼吸が苦しくなるという人もいらっしゃいます。曇りや雨の降る日の朝は起床がつらくて遅くまで寝ていたという人もいらっしゃいます。大自然の元で生きている人間ですから、大気圧の変化に体調が左右されてもおかしくはないのでしょうが?気圧で血液の動きが変化し体調に影響をおよぼすのでしょうか? 2004.05.16
8 早春のとある暖かい日(雨水)に山間の集落に早い春を探しにでかけました。山に入るまでの平地では摂氏13度と小春日和の陽気そのものでした。ところが主要国道を外れて山間の地方道に入り、山影、日影の地域を走っていると北斜面にはまだ残り雪が見られます。気温は摂氏6度です。車を降りてそとに出ると肌寒さを感じます。早春と晩冬がわずか数キロ離れて同居です。こんな季節の変わり目の時期、野山で多様な風景が楽しめます。でも、先ほどの小春日和はわずか数キロ先です。この気温の違いはなにでしょう?日本って狭いの?広いの? 2003.03.07
7 木枯らしの舞う、寺院の参道で修行僧のような方が落ち葉をほうきで掃いていました。でも、風が強く掃いても掃いてもその後に落ち葉が落ちていきます。塵取りに入れた落ち葉さえも舞う風に吹かれて飛んで出ていきます。風が止むのを待ってから掃いた方が良いのではと思いますが、そんなこと全く気に留めずに黙々と落ち葉を掃いていました。参道を綺麗にするだけの為とは思えません。精神修養の為なのでしょうか?何の為に風の強い時に落ち葉の掃除をするのでしょうか?どなたか、ご存じありませんか。
2002.12.11
6 小雨の降る中、とある露天風呂に行きました。湯煙と周りの樹木からでる水気をたっぷり含んだ精気で鼻孔からも存分に野趣溢れる露天の風情を満喫できました。で、湯面をみましたら落ちて来た雨滴が湯面の上でしばらく丸く浮いているのです。それはほんの数秒の間の事ですが、雨粒が、粒として丸粒を見る事ができるのです。そこのお湯は鉄分を多く含んだ茶色のお湯ですが、これって温度差がなせるのか、PHの違いが為せるのか、それとも微妙な比重の違いから起こるのか?!どなたか、ご存じありませんか。 2002.11.30
5 もう、桜の花も終わった感じです。桜の花って凄いと思います。開花の時期には、はるか遠くからもその存在がよく判ります。この時期だけです。山を見てほんのり白く染まっているところには間違いなく桜があります。花が終わって葉になると他の木々と一緒でもう区別するのは難しくなってしまいます。1年のほんのある一瞬だけその存在を主張する/できる木です。そんな事から多くの人が、桜の花の時期はその花の下で集い、語らい、楽しむのでしょうか?! 2002.05.09
4 読者からの?!ですが、空にかかる虹の端はどこになるのでしょうか、というものです。雨模様の空に掛かる虹は本当に綺麗です。子供の頃その橋の根元まで歩いて行って見たいなと思われた方も多い事でしょう。でも、それに向かって進む程に虹がなんとなくぼけてきて、最悪の場合は虹が見えなくなってしまいます。これって、空しいですね。目の前に見えていたモノが消えていくのです。昨今の私はNYマンハッタンの写真を見る度にそんな気持ちにさせられるのですが、皆さんはいかがでしょうか!? 2002.04.08
3 太陽が在っての宇宙・地球です。だから神代の昔から今まで、そしてこれからもずーっと信仰の対象として敬われるでしょう。天頂に上がりきった太陽は強すぎて直視できませんが、日の出、日の入り時の太陽は熱くなくて優しく、観るには最高ですね。神のように偉大だから本当に神々しさが漂っています。ところで写真に撮ると日の出か、日の入りか見分けが付かなくなるんですが、どうしてでしょうかねぇ?! 2002.2.28
2 世界的な水不足が叫ばれています。日本は水の有効利用が余り高くない国なのですが、雨水利用や中水道の開発など、話は出るのですが、大きな力となっての実現はまだまだです。それに関係する器具や部品も市場にほとんど出回っていませんし、購入経路も判り難いです。今すぐに私達でできる事は何なのかを真剣に考えるべき時ではないでしょうかねぇ?! 2002.02.11
1 毎年お歳暮で頂いたり,本屋さんで自分の気に入った物を買ったりして、新しいカレンダーを大晦日に掲げなおしています。真新しい気分にさせてくれて幸せです。でも、勿体無いと思いませんか?日は巡ると申します。万年カレンダーのような形で来る年も来る年も使えるような物であれば省資源にも役立ちませんかねぇ?! 2002.01.10