●”うどん勝ち”

はやいものですね、新年を迎えて早1ヶ月が経ちました。まさに、『光陰矢の ごとし』です。日々を有意義に過ごしたいものです。そんな事でちょっと時期 外れの話題になりますが、皆様年越し蕎麦は食べられましたか?私も頂きまし たが、蕎麦でなくカレーうどんでした。年越し蕎麦を除夜の鐘を聞きながら食 事とは別に食べられる家庭もあります。我家は食事の代わりで食べるので、お そばではどうもお腹に留まらないので、うどんになってしまいます。カレーそ ばというのもあるのですが、こちら、私はちょっと苦手です。そのうえ、そば の方が料金が高いのでまた、がっかりします。品書きにカレーうどんはあって もカレー蕎麦を載せていない店があるのはそんな理由からではないかと、独り 合点をしています。 カレー蕎麦は汁の強さに蕎麦が負けてしまって、箸で麺を持ち上げ口に運ぶま でに、そばがぶつぶつと切れてしまい、なんともなさけなくなってしまいます 。できるなら、カレー蕎麦には蕎麦のコシの強さにあった、もうすこしとろみ と香辛料を押さえたカレー汁を用意して頂きたいですね。そばはうどんと違い そばの香りをたのしむこともあるのですが、カレー汁ではカレーの香辛料が強 過ぎてそばでは太刀打ちができません。そんな事を考えていましたら、新聞に 蕎麦とうどんの比較がのっていました。蕎麦は麺そのものがうどんより自己主 張が強いのです、うどんは汁との協調性が蕎麦より良い。うどんは食事のメニ ューに主食の替わりになるが、蕎麦はどちらかというと間食に近い食べられ方 だそうです。そう言えば、蕎麦通の方で蕎麦食いを1日に何軒も為さるなど聞 きますね。「わんこ蕎麦」などというのはその典型でしょうか。もともと、違 う植物からとれた粉で作られたものですし、うどんのこしは一日もかけてこね て作られるのですから、仕方ないでしょう。その他にもうどんとカレーが同居 するメニューは、きつね、たぬき、煮込みなどありますが、汁が麺そのものの 良さを十分に引き出すものであって欲しいです。で、私の個人的なカレー麺の 勝負、お相撲さんがレスリングのリンクで戦うような勝負だと思いますが、判 定は「うどん勝ち」です。 蕎麦は蕎麦でまた違った良い味を楽しませてくれますので、そんな話、また聞 いてください。失礼しました。              (By Harry)

 

 

●”パンかつ”
私は団塊の世代の生まれです。子供の頃は、今のように巷にも、もちろん家の中にも食べ物がそんなに溢れていませんでした。そんな ことで育ち盛りの子供の頃に満腹の思い出はあまりありません。せめてもの満腹の記憶は、ふかしたさつま芋を食事代わりに食べた時 くらいです。この年になると胸焼けがして一個食べるのもやっとですが、子供の頃はそんな事もへっちゃらで、沢山頂きました。そして、胃袋が一杯になるとそれが段々下腹の方に移っていって、しばらくすると”プ−、プ−”の音を奏でるのが、常でした。ですから、さつま芋を食べた後は家族全員があちこちで、臭い付きの「ヘートーベン」の「ヘッデル」を合奏していました。そんな時代でしたから政府の食料政策もまだまだ肉食を勧めるなんて事もありませんで、トンカツやステーキなんか口にした記憶はまったくありません。カツと名が付くのは学校給食で食べた「クジラカツ」と「パンかつ」でした。パンカツは食パンにメリケン粉を薄く溶いたものに浸し、フライパンで揚げたものです。食べる時にはソースをかけて頂きます。ソースの香りでカツをイメージしながら食べるのです。食感はパンのふわふわ感は全く無く、かと言って肉のような歯ごたえもなく、ハンペンを食べているような感覚です。でもその頃のパンかつは商品として売られているパンではなく、パンの耳、キレッ端でした。これはパン屋さんにとってはゴミみたいなものですからほとんど只同然で、空き缶一杯になっている切れハシを茶色の紙袋に一杯入れてくれました。子供にとっては両手で抱えきれない位の量でした。材料も安く作り方も簡単ですので、学校から帰って自分で作って食べたものでした。そのパンカツをひょんな事から最近再体験し幼き頃のひもじかった事を思い出しました。それに引き換え今は家の中にも食べる物が必要以上にあり、中には食べるのを忘れ賞味期限を過ぎて捨て去ってしまうモノも多々あります。8月15日、57回目の終戦記念日を迎えます。最近の社会を賑わす事件は「衣食足りて礼節を知る」を遥かにそれた、おぞましい事件が多いとはおもいませんか。一つのお菓子を分け合って食べた時代の方が心は豊で、助け合い、協力しあって毎日を生きていたと感ずるのは、私が年をとったからでしょうか?                      ( By Harry )

 

 

●”Fー1は,はやい”

このところFー1日本グランプリで仕事をさせて頂いています。 年間17戦、世界各地を転戦していくチームそして大会組織委FIA のオフィシャルスタッフの人達。Fー1=はやいという言葉の連想 ではありませんが、一部始終、いろんな事が早い、速いのです。そ のはやさの一端をお伝えします。先ずは、時間が早いのです、レー スのタイムではありませんよ。朝の起床です。鈴鹿でのグランプリ の場合、午前8時すぎからはエンジンをかけての調整が可能です。
ですから早い日には8時半くらいから練習走行です。となれば、レ ースカーはそれまでに用意されていなければなりません。ですから 、メカニック達の朝は早いのです。おまけに最終日の決勝の日とな るとサーキットの近辺は朝早くから大渋滞です。彼等の仕事場、 サーキットの奥のピットに到着するまでに通常より時間が掛かりま す。ですから渋滞を避けてスムーズに到着するために起床時間は午前4時頃になるのです。クックダーはレースのマガジンではありませんから、ここからが本題です。食事が早いのです、食べるのも「あっと」言う間です。巷のファーストフードの早さなんか問題ではありません。参加するチームのお国もそれぞれですから、お抱えの調理人が数人同行しているのです。ピットの裏(レースコースの反対側)にテーブルと椅子があってそこが彼等のレストランに早変わりです。そこで、三々五々おしゃべりをしながら楽しそうに食べています。横を通り過ぎるとそれぞれのチームのお国自慢の料理の香りが漂って来ます。組織委のFIAは一度におよそ100人くらいは入れる空調完備の移動テント式食堂を持参し設営しています。飲み物類やスナック、果物も自由に食べれるように置いてあります。 ここには、ヨーロッパのレストランの雰囲気が漂っています。彼等のスケジュールも秒刻みですから、持ち場を離れて食事に行っていたかと思うと、もう持ち場で仕事をしています。ひょっとするとその早さでの食事ですから、食べたものも自分達の持ち場に帰ってくる時にはすでにトイレでチェッカーフラッグゴールしてしまっているのではないか??と、思わせる位の早さです。なんでも、はやい最速Fー1なのです。      ( By Harry )

 

●”玄米はE米(えーこめ)”

玄米って何?耳にはよくします、ところが何かは、ご夫人方でもご存じない方が結構いらっしゃるのにはびっくりです。 ト言う事は見た事も触った事もない方が多いのでしょうね。スーパーの売り場には精米した白いお米しかおいていないから仕方ないですね。精米する前の状態のお米です。白米にすると取り除かれてしまう「ぬか」や「胚芽」には、食物繊維が白米の約3倍、体の代謝を高めるビタミンやミネラルも豊富なのであります。「一物全体」、食物はその全体を食してこそ完全な物であると言う考えもあるようです。お米なら胚芽や粕が残っている玄米が良いと言う事になるのですって。なんでこんな良いお米を食べないのでしょうか。お年を召された方には戦時の食糧難の時を思い出して嫌がる方もいらっしゃる様です。玄米を食べるのは何か貧しい人が白米の代わりに食べるという見方もあるようです。団塊世代の私はそれはありませんので、有り難く頂戴します。炊飯にはこだわる私としてはさっそく玄米に挑戦です。白米とのミックスでなく100%玄米です。食して良いと言う事はいろんな本に書かれていて、わたしなんぞが言う立場にはございませんので、省略させて頂きます。洗米が良いのです。世の中お米を研ぐのを省いた無洗米と言うお米があるそうですが、玄米は自然の無洗米です。ものの本によれば玄米を研ぐ時には米粒を握るようにして研ぐと書かれています。たしかにそんな風に研ぐと水が濁ってきます。それでも、精米していないので白濁もなく簡単です。お米を研いだ水が水質汚濁の源になるなんて心配もありません。でも、本当にそんなにまでして米を研がなければならないのでしょうか?もともと固い殼に入っていた米が殻から出て来ただけでしょう。りんごの皮を剥いたと同じ状態ではないでしょうか。だから私の場合はほとんど無洗米状態で炊飯しています。精米する為にエネルギーを使わなくてもいいですし、節水と水質汚濁防止にもなります。折しも現在、京都で「世界水フォーラム」が開かれています。コップ一杯の水で顔を洗ったり、水を汲みに何時間も歩いていかなければならない国がある地球です。玄米は人間の身体にもそして節水、環境にもE米(えーこめ)なのでは、と思っていますが、どうですか?( By Harry )

 

●”黄金の初夏”

本州各地も昨日梅雨入りしました。これから田植えと言う地方も多いかと思います。私の住む東海地方は伊勢湾台風以後、5月の連休の頃には田植えを終えています。田んぼの稲はまだ背丈も低いですが、蒼青としています。でも最近郊外を車で走っていて「おや」と思いませんか。そうなんです、この時期に田んぼが麦の黄金色で染まっているのです。その隣に水稲が植えてあって、緑と黄金色の見事なコントラストが楽しめます。以前はそんなにも目立たなかったのですが、最近特に多くなっているように思います。国の稲の減反政策もスタートして30年近く経っている今、其の成果と言えるのでしょうか?減反面積が水田のおよそ1/3位までになっているというのですから当たり前の情景なのでしょう。いろいろと賛否両論が渦巻きながらここまで来ている減反です。そんな減反も2008年までとか、その後の農家の動向が大変気になります。米余りに端を発した減反政策です。米の消費が最も多かったのは30年以上前の1962年で国民一人当たり118.3キロで、その後は食生活の多様化で主食もパン、麺などが増えてきて、米の消費が減ってきました。最近ではピーク時の約半分まで消費が減っているとのことです。一方米の生産量は技術の向上で増加を続けて需給関係が供給過剰で恒常化してきたのだそうです。「豊作だ、豊作だ」と喜んで、良かったのでしょうか?解決策の大きな柱は私達がもっともっとお米を食べる事なのですが、かく言う我家も朝はパン食です。これはとにかく忙しい朝は食事も簡単に済ませたいが為です。米を炊くのは器具の発達でタイマー炊飯すれば手は掛からないのですが、副食で手間がかかると思っているのです。やり方でいくらでもその手間は省けるのですが、賢くない私なのです。朝食担当としては何か策を講じなければ、ならないのですが……。稲作用に作った水田で本当に転作が効果的かどうかは、しろうとの私には判りません。麦の生産は米以外の消費が増えるのでは……?初夏に黄金の田んぼを見るにつけいろいろと考えさせられます。水田は保水貯水という水の利用効率の点でも優れています。食料、水、経済問題などなど、実りの黄金色が初夏にもそして秋にも見られるから幸せと単純に喜んでいるだけで良いのでしょうか?  
( By Harry )

●”食堂の国際化”

最近仕事の関係で、とある製造業の会社にお邪魔していて、昼食を会社の食堂で頂いています。そこでの風景は日本の会社の様ではなくどこか外国の会社の食堂ではないかと思う位いろんな国の方がいらっしゃいます。日本人はもちろん、ブラジル系、ペルー系、中国系、などなどです。これだけ多くの国の人達が食事をしているのですから、メニューの方もいろんな国の食事が楽しめると思っていると、メニューや味付けはいたって純日本的のなのです。製造ラインの大部分が彼等外国人で構成されていて、プレスのラインはブラジル系で、溶接のラインは中国系でなど、コミュニケーションの点から纏めて配置しているのです。製造ラインそのものはかなり自動化していて、ひと昔のような肉体労働的なものはほとんど見受けられません。とは言ってもやはり立ち作業ですし、それも8時間の連続作業です。かなりのエネルギーを消費します。そんな中で昼食は大切なエネルギー補給源です。口にあう好きな食べ物を食べて後半の仕事に備えたいものです。私も若い頃は製造ラインに付いていましたが、お腹がすいて昼食に2人分の食事をしていたのをおぼえています。彼等外国人の方は契約では食事代は会社支給のようです。もちろん1人前だけです。そこで考えたのでしょうね、お代り自由のご飯をお茶碗に何杯も、テンこもりによそって食べていました。おかずはと言えばそのご飯に醤油かソースをかけて食べていました。社内の給食ですから、ごちそうと言うには程遠いし、メニューも限られます。中南米系の方はカレー、フライものが、中国系の方はラーメンが口に合いそうで、よく食べていらっしゃいます。製造の第一線で働かれる方は体力勝負の面があります。会社も、「食事代は会社支給だから文句を言わずに食べろ」「ここは日本の会社だから食事は日本人の口に合ったもの」的、態度から転換し、彼等外国人の口にあいそうなメニューや味付けを用意してあげてはどうでしょうか?そこで働く日本人もそんな食事を口にして、あらたな味の発見や、食べ物を通じての国際理解が生まれるかもしれません。こんな考えは私だけの甘いモノでしょうか? 
( By Harry )